暗示
「それから、あの白マント、ウインド・オブ・ナイト夜の風はこの地域を管轄する組織の者です。本来なら実験体の情報を提供してもらえるのですが……どういう訳か断られました」
「……先輩は……何者なんですか」
話からしてその正体は推測できるが。
「もうおわかりでしょう。私は実験体を追ってきた追跡者です」
「……どおりで先輩に関する記憶が全く無い訳だ。でも他の奴等は先輩が最初からあたかも高校にいたかのように振舞っていたけど……」
「私は暗示術をいくらか使えます。それでも『私の存在を疑問に思わない』という程度の軽い暗示なら大抵の人はかかってくれます。深山君のような意思の強い人にはかからない事がありますが」
腰掛けていたベンチから立ち上がり、蒼い眼差しを緋影に向ける。
「これは人ではない者の戦いです。それを承知で貴方は参加する、というのですか?」
「そんなっ!……そんな事をいうんなら、先輩だって確かにかなり強いだろうけど……普通の人間じゃないかっ!」
さっきの動きからいって相当な手練だろう。
それでもあの小川と一人で闘うのはやはり分が悪い。
緋影は叫びをあげ葵を凝視していたが、彼女の表情にはじめて変化が表れた事に気付いた。今まではずっと無機質な表情を保っていたのに、自虐的な笑みを浮かべたのだ。
身も凍るような、凄惨な笑み。
「……これを見ても、そんな事が言えますか?」
そう言って懐から1本のナイフを取り出す。
「せ、先輩っ!」
本当に背筋が凍った。
唐突に彼女は自身の頚動脈を掻き切った。赤い鮮血が白いブラウスを染めていく。
しかし、驚愕はこれで終わらなかった。